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上海といえば やはり 外灘です。 黄浦江沿いの対岸の浦東地区を 見ていると 10年前は この黄浦江を背にして 南京路方面を見つめていました。そして 現在 南京路方面を背にして 対岸の浦東地区を 近未来の上海として、 また東洋のマンハッタンとして 見つめています。

<外灘事情>

アヘン戦争の後、1942年の南京条約で 開港して 上海(OLD SHNGHAI)が 歴史に登場しました。そのときの名残りで 英国租界の当時のネーミングが 残っています。揚子江の支流である黄浦江と蘇州河が合流した地点に 外白渡橋(ガーデンブリッジ)が 架かっています。上海地図で言えば 上の部分にあたる場所に 当時ブロードウェイマンションと呼ばれていた上海大厦がちょうど手を広げて羽ばたくような イメージで そびえたっています。ただ 現在では ちょっと古くなっていますが、比較的安く利用できるために 昨年の大晦日に 上海の友人の莫さんが 友達とカウントダウンパーティーを開いたホテルです。

さて このガーデンブリッジを渡ると 黄浦江沿いに中山東二路まで 遊歩道が続いています。この黄浦江沿いを 外灘=BUND=ワイタン と呼んでいます。   10年ほど前までの上海は この黄浦江を背にして 南京路の方を 眺めていました。そして 現在では 南京路を背にして 東洋のマンハッタンの浦東地区の建ち並ぶ 高層建築を見つめています。この外灘には 中国各地からの観光客や素敵な恋人たちを よく見かけるようになりました。

そのガーデンブリッジを背にして 右側には 19世紀後半の建築物が並んでいます。夜は ライトアップされて イリュミネーションがとてもきれいです。とりわけ その並びの南京路口に 位置する和平飯店北楼は その昔 キャセイホテルと呼ばれていました。                                          その和平飯店1Fの奥に 下の写真のジャズスポット?があります。 夜になるとお世辞にも上手とは言えないオールドジャズメンが 演奏をしています。上海バンスキングとダブって 当時にタイムスリップしたような感覚になります。最近では 日本の団体旅行のオプションツアーに 組まれているせいもあって、年配のご夫婦が ノスタルジックに 雰囲気を楽しんでいる姿も 結構素敵です。

                   

       

15年ほど前に 初めて訪れた上海そして特に繁華街の 南京路の人ごみは すごかったのですが、私は 4歳の娘の手を引いて歩く時、その人ごみのすごさに圧倒されていたのを 昨日の事のように思い出します。  そして その当時 上海の女性は 冬だったせいかもしれませんが、みんなパンツでスカートそれもミニスカートの人など誰もいませんでした。そのため 行き交う上海の人々に ジロジロと見つめられたのを 記憶しています。

そして 現在 南京路は 中心部が完全に 歩行者天国になっています。そして中心部に 上海の株価を示す電光掲示板が 大きくたっているのには驚いてしまいました。以前はここを歩いていると 相棒(主人)に対して 片言の日本語で 両替をして欲しいと付きまとわれていたのを 思い出します。その当時 外国人と中国人が使うお金が 違っていました。人民元と兌換券です。この兌換券がないと、友誼商店で買物が出来ません。また大きなホテルでは 人民元では買物が出来ませんでした。そして 夜になると 明かりが消えて 南京路のお店は 閉まる時間が早く8時前には閉まってしまいました。今は10時でも買物が出来ます。お店の中の照明も明るくて、以前の停電が日常茶飯事だったのが うそのようです。

そして 2001年5月 和平飯店のレストラン龍鳳庁で黄浦江寄りの席に座って 食事をすると 聞こえてくる船の汽笛の音は なぜかノスタルジックでなつかしい上海のイメージを呼び起こします。 私にとって ちょっとお洒落で、今にでも つかこうへいの舞台が 吉田日出子さんが この和平飯店に 登場しそうな気がします。

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